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『青い鳥』--重松清

book

青い鳥

青い鳥

未読ですが、映画化されるということで検索しててレビュー読んでたら物凄く気になった一冊です。

重松清の作品は、リアルととるかファンタジーと取るかで評価が変わると思うのだけれど、やっぱりこの話も主人公が【非常勤講師】っていうファンタジーなんだよね。そこが感情移入できるかどうか。でも今読んだら間違いなく泣いちゃいそうで怖いなぁと思う。


感動を与えて短期間で去ることはドラマチックなことだけれども、やはり【異端者/外界の人間】なんだと、改めて思わされる。逆にいえば、だから村内先生は【非常勤】という立場を取って生徒たちの前に現れる。自身をそういう役割の人間だと認識しているから。【日常】に生きている常勤の先生の方が、確かに鮮烈な感動は与えないし、色々大変なことが多いし、非常勤のセンセのような自由さも無いし、でももっと責任とか指導とか長い目で見て考えなくてはいけない立場があるので、それをきちんと書ききっているのかどうか?気になりました。彼らの【日常】をきちんと引き受けていくのは、1年という短い期限付の先生ではないような気がするので。


ここをキチンと書けてるか、ファンタジーを肯定してその上で物語を語りえているかどうかで、自分の中でリアルと取るかファンタジーと取るかが決まるな、きっと。


ちなみ自分も1年限定の非常勤講師時代に、常勤の先生では成し遂げることが難しい、村内センセのような児童への包み方をしたことがあります。でもそれはやっぱり【年限付の風来坊という非日常】だからできることで、もっとはっきり言えば、組織に対して責任が軽い(児童・生徒への指導責任が軽いってことじゃないよ!)。だから割と自分の思い通りの指導ができる。だって年限これば組織とは関わりなくなるんだもん。
でもね、【日常】に生きている先生は現実の日々と現実の生徒が続いて行くんだよ。で、そういう先生がその後を引き受けていくんだよ。【感動】を与えるだけが教師の役割じゃなくて、淡々と静かにでも着実な日々を送るように手助けする、ってのも教師の大事な勤めだと思うけれどその辺みんなどうよ?